Quack Clinicへようこそ 巻の4

ノート6 もったいないので鼻を使いました

 父上殿にはだいぶ心配をかけてしまったようです。でも、それも終わりました。
 あの後、私は、隣の集落の猟師に助けられました。そして、家に帰ってくることができました。
 そのお礼に、隣の集落までの往診を受け持つことになりました。それもまた父上殿を不機嫌にしたようですが、私には愚痴をこぼしませんでした。

 私は体力が回復すると、アルラウネの研究を始めました。
 まずは、古い文献などに残されているように、清めて、新しい布を着せました。
 本当はもっと色々なことをしなければならないのだということは分かるのですが、
 何しろ資料不足で思うようにいきません。
 しかし、ある日、アルラウネを収めた箱がぶるぶると振動しているのを発見しました。
 そして、その振動は次第に規則的なものとなり、言語を発するに至ったのでした。
 初めて話した言葉を私の日記から引用します。
「汝、我が抽出物をもって、夢の秘薬を手に入れるであろう」
 よく意味が分かりませんでしたが、どうやら薬の材料になるだろうということなのでしょう。
 それでも、この貴重な植物を薬の材料にしてしまうのはもったいない気がしました。
 そこで、私のささやかな特技を使うことにしました。
 においを嗅いで、その成分を化学的に合成するのです。
 そうすれば、アルラウネの量が減ってしまうこともありませんし、薬もできるしで一石二鳥のような気がしました。
 しかし、思ったよりも簡単ではありませんでした。
 化学式で表そうとすると三次元の図では足りずに、もっと高次元の構造を持っているのではないかということが分かりました。
 それを化学的に合成するのは難しく、至難の業というのはこういうことを言うのではないでしょうか。
 コレを合成させる技術があったとしたら、それはロストテクノロジーに頼るしかありません。

ノート7 思えば非道いエンディング

 私が研究に没頭していると、父上殿はそれが気に入らなかったのか、私に病院の留守番を言いつけて隣の集落へ往診に出かけていきました。
 私の遭難で父上殿にはずいぶんと迷惑をかけてしまったようです。
 でも、これで仕事が増えて生活がもうちょっと楽になればいいかなぁと私は安直に思っていました。
 留守番と言っても楽なものです。
 誰が町の藪医者にかかりたいと思うものでしょうか。
 何にもなければ、私はただ受付に座って読書でもしていればいいのです。
 古代薬学の本を読んでいました。
 製薬会社が健在だった頃は、実に多彩な薬が製造されていたようです。
 この本は薬の写真付きで、どの病気に適応されるのか、薬効などの紹介文、副作用などが書かれています。
 それにしても、今の私たちの時代よりも副作用が詳細に書かれているのが、なかなか面白いと思います。
 副作用を逆手にとって、それを効能とする薬などというものもあって、この時代の製薬会社はさぞ儲かっただろうと思います。
「おお、優雅に読書とは、藪医者も楽な商売だねぇ」
「あ、おばあさん。いらっしゃい」
「別にあたしは病気じゃないよ。今日は藪医者はいないのかい?」
「今日は隣の集落まで往診に行きました」
「ふんっ、そりゃあ、隣の集落も、さぞや人口が減るだろうよ」
「すみません。いつもろくな治療もできず」
「どうだい? あんたのところで牧師も兼業したら?」
「はあ」
「ここで死人が出るから儲かるぞい」
「いや、それはちょっと……」
「そろそろお迎えがくるような歳になるとね、考えも変わるのさ」
「おばあさんは、おいくつなんですか?」
「いくつに見えるね?」
「えっと、さぁ」
「おべんちゃらの一つでも言えないと、世の中辛いぞ」
「ごめんなさい」
「あたしは、五十八だよ」
「長生きでいらっしゃるんですね」
「長生きしたって、ろくなことがないさ」
「そんなこと、ないでしょう」
「どうせ、還暦までは無理だろうね」
「あと二年、頑張りましょうよ」
「ホントだね、この町にも名医がいたら、どんなにいいか」
「お役に立てずに……」
「まあ、いいさ。でも、あんまりでかい顔するんじゃないよ」
 おばあさんは、それだけ言ってしまうと、早足で去って行きました。
 見るからに長生きしそうです。
 ひょっとしたら、言いたいことを言うのが長生きの秘訣なのかもしれません。
 昔は百歳近い平均寿命だった頃もあったらしいのですが、今ではその半分以下になってしまいました。
 産まれ、成人し、結婚して、子供を作り、子供が成人すると一生を終える。
 そんなライフサイクルが私たちに残されたものでした。
 人生を最後まで迎えられる人は少数派で、多くの人が病に倒れ亡くなっていきます。
 医療職に就くものはそれを看取っていかなければなりません。
 特に結核は死の病です。
 死因の多くをこの病が占めています。
 昔は、薬を飲めば治る病気だったらしいのですが、今は有効な治療法もありません。
 同じような伝染性の病気でも新しい薬は効果があるが、古い薬は効かなくなるという、薬剤耐性菌感染症も各地で蔓延しました。
 そのたびに、世界の人口は縮小していったのです。
 今、生き残っているのは、新しい薬が買えるお金持ちか、元々体の強い人です。
 あれほど隆盛を誇った人類にも人類自らの失態で淘汰の波が押し寄せたということかもしれません。
 自業自得といえばそれまでですが、あまりにも非道いエンディングです。

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