Quack Clinicへようこそ 巻の10

ノート25 遥かなる旅立ちと帰還

 中央制御室らしきモノは巨大な部屋の壁から船の舳先が突きだしているような、そんな奇妙なところでした。
 簡易なエレベーターで船の舳先のようなものの上に上がります。
「どうやら、ここが中枢らしいな」
 Jが一足先に来ていたようです。
「この建造物は一体何なんですか」
「その前に、君には合体がお気に召さなかったようだね」
「んまっ、なぜそれを?」
「何人かコビットの間諜を雇っているものでね」
「情報戦というわけですか」
「しかし、君があの合体機器を破壊しなかったのは賢明な判断だ」
「貴重な遺跡ですから、できれば手荒なマネはしたくありません」
「ここはもう遺跡ではない」
「どういう意味ですか? 私は異星人の遺跡だと聞きましたが」
「これは、宇宙に出ることのできる船だ」
「宇宙船? ですか」
「そうだ、その昔、この船に乗って異星人が惑星に降り立ったのだ」
「そんな話、聞いたことがありませんよ」
「ここのデータセンターには人類の全ての歴史があった」
「そんな、人類の歴史はすでに多くが失われて……」
「今、ここで歴史がまた動き出すんだ」
「じゃあ、この船に乗っていた、異星人の皆さんはどうしたんですか」
「君も合体できるあの機械を見たんだろう」
「はあ」
「きっと、異星人たちは人間になったんじゃないだろうか」
「人間に、ですか」
「早く人間になりたいと思っていたのかもしれないな」
「よりにもよって、何で人間なんかに? 醜悪にもほどがあります」
「君は人間の良さがまるで分かっちゃいないんだな」
 Jが鼻で笑ったので、私は鼻であしらってやりました。
「しかし、私たちの本当の目的は万能薬ですよ」
「万能薬? 大いに結構。この船のテクノロジーと機動力を使って探求の旅に出ればいい」
「私、宇宙に出るなんて聞いてません」
「やれやれ、これだから女は」
「また、男のロマンとか言い出すんじゃないでしょうね」
「その通りだよ、お嬢さん」
 ――ガッ
「痛いな、何をする」
 私はJにケリをくれてやりました。
 まったく、男っていうのはどうして、こういうことが好きなんでしょうね。
「ああ、それから、このことはコビット族も賛成しているんだ」
「どうしてですか? ドーム都市にいれば何も不自由がないのに」
「それがつまんないってことだろう」
 私にはよく分かりません。
「おお、お嬢さん。どうですか、私たちとともに宇宙へ出ませんか」
「王様、恐れながら遠慮させていただきます」
「そうですか、いや、なに。我々もそろそろ自分たちの惑星が欲しいと思っていたところなんですよ」
「はあ、そういうものですか」
「姫も戻ってきたことですし、どこか安住の地を見つけて、人間さんのように暮らせたら幸せです」
 人間の歴史といったら、崩壊の歴史しか知りません。
 コビットさんたちがそれでもかまわないというなら止めませんけど。
「では、お元気で」
「発進準備完了です」
 オペレーターのコビットさんの声が聞こえます。
「宇宙船クレセント発進!」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。まだ、私、降りてませんよ」
「まあまあ、ちょこっとこの惑星を外から眺めるだけでも。観光だと思って」
 観光気分で宇宙に連れて行かれたら、たまったものじゃありません。
 これは、昔の文献で読んだ宇宙人に連れ去られる人の気持ちがよく分かります。
「南極大陸を通過、上昇します」
 私たちの船の上には南極大陸があったはずなのですが、音もなくスルーしたようです。
「では、お嬢さん。こちらへ」
 王様に連れられて、私は小さな窓の前に立ち息をのみました。
「これが、私たちの惑星ですよ」
「私、見たことがありませんでした」
「どうだい、この美しき蒼き惑星に、僕たちは住んでいたんだぜ」
 Jはまるで自分の手柄のように言いました。
「私たちの惑星、還りたい場所ですね」
「我々は行きます。お元気で」
 王様は私に笑顔のお守りを渡してくれました。
「これを、私に?」
「賢くて勇気がある。これは、あなたにこそふさわしい」
「ありがとうございます」
「さあ、こちらにいらっしゃって」
 姫が手招きしています。
 他のところとは隔離されたスペースへ連れて行かれました。
「この救命艇で故郷へ戻るといいわ。それから、そのモノリスでいつでも通信できるから、困ったときは頼ってね」
「わかりました。あの、さよなら……」
「ドラゴンから救って下さってありがとうございました。おかげでこんなに素敵な旅に出られます」
 姫は艶然として手を振りました。
 そして、扉が閉まって、私は一瞬からだが浮き上がるのを感じました。
 こうして、私は、自動的に故郷の町へと降り立ちました。

ノート26 政略結婚の市場価値

 あとから、聞きましたが、救命艇はモノリスに格納可能だそうです。
 それを知っていたら、あんなに一生懸命山の中に隠さなかったのにと思いました。
 救命艇といえども、惑星と宇宙の間を行き来できるのです。
 そんなモノが見つかったら大変です。
 コビットさんたちの持っているものにしても、異星人の宇宙船にしても、ずいぶん都合良くできているものだなぁと思いました。
 もう、これは、魔法に近いものだと思いました。
 高度な科学とはそういうものだと聞いたことがあります。
 それを、身を以て体験するとは思いませんでしたが。
 結局、万能薬は手に入りませんでしたが、どうやら、ここらで一息つけそうです。
 私はまた自宅の病院で受付嬢をしていました。
 何とも、マッタリとしていていいじゃありませんか。
 人生というのはこうあるべきだと思いました。
 ――大変なことになった、すぐに来てくれ。
 Jの声が聞こえたような気がしました。
 私は自室にあったモノリスを持ち出してしばらく眺めていました。
 ――君の将来に関わることかもしれない。
 Jの声は酷く遠くから聞こえているようでした。
 それが、間近にあるモノリスから聞こえているのだと判断するのにしばらく時間がかかりました。
「大変なことってなんですか?」
 私は問うてみましたが、何の返答もありません。
 家の前に車が止まりました。
 黒服の男と許嫁さんが降りてきました。
「やあ、正式に、プロポーズをと思ってね」
「ずいぶん急な話ですよね」
「何を言っているんだフロイライン。今日は大安吉日だよ」
 ――×××××の群生地を見つけたんだ。
「ん? なんだい今の声は?」
「何でもありません」
 私はモノリスを受付のカウンターの裏側に隠しました。
「これから食事にでも誘おうかと思ってね」
「そうですか」
 話し声を聞いて姿を現した父上殿の意見を聞くと「行ってきなさい」の一言が返ってきました。
 こうして私は、モノリスに後ろ髪を引かれる思いで許嫁さんのお屋敷に行きました。

「どうだい? 肉なんてなかなか食べられないだろう?」
「ええ」
「この肉はね、ウチの牧場で育った牛の肉だからね」
「お話っていうのは、そういうことだったのですか」
「うん? いや。君を正式に僕の妻として迎えたい、ということが伝えたかったんだが」
「卑しい家の出で、金持ちなんてくそ食らえと思っていても、ですか?」
「なるほど、しかし、聞くところによると君は会社の会長職に就いているそうじゃないか」
「ええ、まあ」
「それなら、身分的にも申し分ないと思うのだけどね」
「それではお願いがあります」
「何でも言ってくれ給え」
「私の会社の株式、五十一パーセントをあなたに譲渡します」
「君は否が応でも政略結婚という形にしたいらしいね」
「ここに愛はありませんから」
「ノンノン、愛情は育むものだよ」
「買っていただけますね」
「僕が信用に足る男かどうか、ということだね。分かりました、後ほど買いましょう」
「ありがとうございます」
「しかし、君は相変わらずだね」
「と、申しますと」
「少し真面目過ぎるんじゃないかなと思ってね」
「余計なお世話です」
「そういうときの顔もかわいらしいですよ」
「悪趣味ですね」
「それが、君の口癖らしいね」
「思ったことを言ったまでです」
「まあ、そのくらいには僕を信用してくれているわけだ」
「詭弁ですね」
「男の世界ではね、そのぐらい押しが強くないとやっていけないのですよ」
「それが、男のロマンとか言いませんよね」
「そこまでは言わないよ。ただ、今は君を手に入れることが僕の目標だよ」
「実現するといいですね」
「お金を持っていても手に入らないモノがあるということは、僕もよく知っているつもりだよ。だから、君は僕にとってかけがえのない人だ」
「必ず手に入れてみせると?」
「はい、楽しみにしていてください」
 私は今まで男なんてみんなジャガイモくらいのものでしかないと思っていました。
 こうして、言い寄られてみるとそれでもいいかと思う自分もいます。
 このまま、結婚して子供を産んで家庭に入っていくというのも、今の時代を考えれば決して悪い選択ではないと思うのです。
 しかし、それに対して、反発してやりたいという気持ちもあります。
 安直な女の幸せというヤツにしがみつきたくないという矜持が私を操っているような気がしました。

 家に帰って、お手伝いのコビットさんたちにお願いしました。
 できるだけ、役に立ちそうな薬をたくさん作ってくださいと。
 そして、薬が完成すると私はそれを元に、王様からもらった製薬機で薬を量産しました。
 ショロポン社を通じてそれらを流通させます。
 商品名も分かりやすく、『風邪の時に飲む薬』『水虫薬』『お腹痛いの飛んでけ』というようにしました。
 やはり、いきなり万能薬と言われると、誰もが胡乱な表情をするものです。
 この販売戦略は成功し、ショロポン社は少しずつ大きくなりました。
 細々と行われている株取引市場でも会社の株は上がり続けました。

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