Quack Clinicへようこそ 巻の11

ノート27 異星人に連れられて行っちゃった

 ある日、私が自宅に帰ると王様御一行様がいました。
 私の部屋もそれほど大きくないので、ギュウギュウにコビットが詰まっていました。
「待ちわびたぞ、さあ、ここへ」
 王様は私を手招きします。
「どうしたんですか?」
 私が近づくと、いきなり視界をふさがれました。
 頭に手をやると、袋をかぶせられたようです。
「どうか無礼を許してください。これから行くところは決して場所を知らせてはならないと頼まれているのです」
「それで、私が黙って行くということになっているのですか」
「申し訳ない。ただ、このことには万能薬についての秘密がかかっているのです」
「それなら、私は首肯するはずだと?」
「転送電話を使いますのでたいした旅にはなりません」
「分かりました、誰か私の鞄を」
「こちらにございます」
 コビットの召使いが私の鞄を持ったようです。
「では、行きましょう」
 こうして、私は拉致同然でどこかへ連れて行かれました。

 私は、頭の袋を取られて、視界の自由を取り戻し驚愕しました。
 そこには巨大なアルラウネが玉座に鎮座していたからです。
「やあ、お嬢さん、こちらがアルラウネの魔王であらせられるお方ですよ」
 Jが恭しく言いました。
「では、こちらをお召し上がりください」
 コビットさんがドリンク剤を私にくれました。
 タウリン1000㎎と書いてあるかわりに『翻訳魂』と書かれていました。
 なるほど、これで言葉が通じるのですね。
 ドリンクを飲んで私は話しかけてみました。
「あなたが偉い人なんですね」
「いかにも、朕が魔王である。そなたには秘密の能力があると聞いている」
 口もないのに魔王はしゃべります。
 どうやら、体全体を震わせて話しているようです。
「誰から聞いたんですか」
「そこにいるJという男からだ」
「Jさん、私を売りましたね」
「人聞きの悪いことを言うなよ。それもコレも万能薬のためだ」
「どうだか」
「どうかね、朕の頼みを聞いてはくれないか」
「それは、交換条件上に万能薬があるのですか」
「心配する事はない。我が惑星で豊富に栽培されるアルラウネをお嬢さんに売り渡すという契約でいかがかな」
「支払いは現物でも良いのですか」
「良い。ただし、条件がある」
「やはりそうきましたか」
「数百本に一本程度だが、生育不良のアルラウネが混じってしまうことがあるのだ。だから、我々としてはアルラウネを検品するシステムが欲しいのだ」
「そこで、私の鼻が役に立つということですか」
「うむ。アルラウネの栽培は我が惑星の主要産業なので、品質向上は急務なのだ」
「では、このJが責任を持って仲立ちいたしましょう」
(ちょっとJさん!)
「話はまとまったようだな。では早速頼む」
 魔王との謁見はそこで終わりました。
「あなたは勝手すぎます」
「僕は目的のためには手段を選ばずという主義だ」
 Jはケロリとした顔をしていました。
 こうなっては、仕方ありません。
 私はアルラウネの出荷場に行き、正常なアルラウネと返品されて返って来たアルラウネのにおいを嗅ぎ比べました。
 確かに違いが分かります。
 においにある特徴があることが分かります。
 一応、検品のシステムをということだったので、出荷先のリストも見せてもらいました。
 翻訳目薬がまた役に立ちました。
 私には魔王の宮殿内に限って自由にして良いという許可が出ました。
 自室の窓際で、宮殿の庭園を眺めていました。
 どうやら、ここのシステムは完全に機械化されているようです。
 どこを見て回っても働いている生き物はいませんでした。
 それどころか、この宮殿自体も自動化されていて、何でも自動で済んでしまいます。
 そして、私は、何かおかしいなと思いました。
 あの出荷先のリスト。
 特定の輸出先からの返品が妙に多いのです。

ノート28 我ら魔王様の海賊に

 翌日、私は思ったことをそのまま魔王に言いました。
「うむ、それは朕も気付いておった」
「そうですか、ただ、これが何か両国での争いの元にならなければいいのですが」
「朕は争いごとは望まぬ、しかしあの輸出先は好戦的な種族なのだ。もしかすると、我が惑星を狙っているのかもしれない」
 そうなのです、返品の多い輸出先から戻ってきたアルラウネには、においに一定のパターンがあるのです。
 これは、生物が自然に生育不良になったというよりかは、何者かの手によって劣化させられたとみるのが妥当でしょう。
「どうでしょう、ここは私たちにお任せいただけませんか」
「そうか? しかし、まさか紛争解決の手段に戦争を使うわけではあるまいな」
「大丈夫です。あんな相手に正々堂々と戦う必要はありません」
「よかろう、良きに計らえ」
 こうして、私はコビットさんたちに頼んで、宇宙戦艦を何隻か作ってもらいました。
「こんなものを作って一体戦争以外の何をするんだ?」
 Jが不審な表情をして尋ねます。
「これから、私たちは海賊をします」
「海賊? 宇宙海賊に転職でもするのか」
「いいえ、あの輸出先に向かう船を襲います」
「おいおい、魔王も言ってただろう、手荒なまねはしない方が」
「大丈夫です。全ては海賊の責任になります。そして、アルラウネの供給が止まった輸出先は喉から手が出るほどアルラウネを欲しがるのです」
「それで、どうするんだ」
「こちらとしては、危険なので輸出制限をかけるしかないですね」
「それで?」
「入手が難しくなったものに小細工をしていちゃもんつけようと思いますか」
「そういうことか」
「これで、きっと輸出先の国も言い値でアルラウネを買ってくれるんじゃないでしょうか」
「おまえ、怖い女だな」
「手段が選べるほど聡明ではありませんから」
 こうして、私たちはしばらくの間、宇宙海賊していました。
 輸出先が音を上げたらしく、大使を送り込んできて、何とかならないかと相談に来ました。
 両国は船に護衛をつけることで合意しました。
 そのための費用はもちろんアチラ様持ちです。
 それからというもの、返品の数はずっと減りました。
 この事件によって品質の高さが上がったと噂され、飛ぶように売れました。
 魔王との約束も果たされました。
 私たちはついに継続的にアルラウネを手に入れることに成功したのです。
「朕に代々伝わる記憶によると、アルラウネと賢者の石というのは何か関係があるらしい。賢者の石を触媒にすることによって様々な薬が生成できるらしい。しかし、万能薬というのは聞いたことがないが」
 やはり、万能薬を作るというのは難しいことなのかもしれませんね。
 ただ、研究を続ける価値はあると思います。
 私は触媒として使う賢者の石をコビットの王様に託して研究をお願いしました。

ノート29 私の見た高度経済成長

 待ち遠しい春を待ちながら、私は午後の紅茶を楽しみました。
 魔王のところで使った海賊という手段はどこかで使えるような気がしました。
 そう言えば許嫁さんのところは貿易もやっていましたね。
 正直に言うと私はまだお嫁に行きたくありません。
 もうちょっとオバサンになって売れ残りと罵られても、やっぱり白馬の王子様を待ちたいという乙女心があります。
 物憂げに紅茶に口をつけたところで、思いつきました。
 許嫁さんのところの貿易を邪魔しちゃえば、結婚どころではなくなるかもという考えが浮かんできました。
 私の中の天使と悪魔が戦います。
 悪魔の方が少しだけ強かったようです。
 私は、コビットさんたちに頼んで、少しだけ海賊行為をしてもらうことにしました。
 コビットさんたちも、もう慣れたものですぐに取りかかってくれました。
 それと、平行して、みんなが安心して使える薬を、開発し売り続けました。
 薬売りにもだいぶ社名が浸透してきたようで、ショロポン社と言えば大体通じるようになってきました。
 営業活動もやりやすくなってきました。
 こんな時代に珍しく、右肩上がりの会社にのし上がっていったのです。
 私も少しばかりの社会的地位を手に入れて少し安心していました。

 ある日、父上殿の病院に子供が担ぎ込まれました。
 たいていの病はショロポン社の薬を飲めば治るようになっているので、病気を理由に患者が来るということは、ただならぬことの始まりのような気がしました。
 子供のお母さんは不安そうに父上殿に病状を話します。
 私も話を聞いていましたが、どうも体の弱った人が罹るような病気を併発しているようです。
 一応、その子は入院ということになりました。
 そして、そのような病気はその子供だけにとどまらず、町の中で急増しました。
 にわかに藪医者稼業も忙しくなりました。
 我がショロポン社も病気の研究に乗り出しました。
 どうやら、各地で同時多発的に似たような病気が発生しているようです。
 私は時には、自らの寝食を犠牲にして患者と向き合いました。
 私たち医療関係者の間では、この病気を「空気感染型免疫不全症候群」と名付けました。
 このまま何もせずにいるわけにはいきません。
 魔王からアルラウネの供給を受けて、私たちショロポン社の研究が始まりました。
 色々ありました。
 色々あったのです。
 それだけです。
 私の苦労話なんて誰も聞きたがらないでしょう。
 それに私に残された時間もそれほど多くありませんでした。
 研究中に私も死の病に冒されていました。
 こうして完成したのが、生のアルラウネを使った治療薬でした。
 さしずめ「生ショロポン」と言ったところでしょうか。
 動物実験はほぼ完了。
 後は人に使ってみないと分かりません。
 それには私が最初の実験台になることにしました。
 私の病気は次第に良くなりました。
 それを鑑みて最初の治験が行われました。
 結果は良好でした。
 次々と倒れる人々に残された時間はないに等しかったのです。
 だから、私は少々見切り発車で生ショロポンの発売に踏み切りました。
 生ショロポンは各地で成果を上げました。
 しかし、生ショロポンによってショック症状を起こしてしまう死亡例も報告され始めました。
 薬によって助かる命がある一方で、不幸な死も受け入れなければなりませんでした。
 少数の犠牲によって多数が助かるということですので、この惑星の人口減少にも何とか歯止めがかかったようです。
 生ショロポンは病気予防の観点から子供に多く使われるようになりました。
 相変わらず、死亡例は後を絶ちません。
 普通なら、ある程度の危険は仕方がないと切り捨てる無情さも経営には必要だと言われるかもしれませんが、私はそれでは満足しませんでした。
 ショロポンを中心に健康と安心を守ることが我々の社会的責任なのではないかと考えるようになりました。
 そんなちょっといい話とは別に、市場でも動きがありました。
 生ショロポンはショロポン社が販売しています。
 そして多くの人を救ったという事実に株式市場は敏感に反応しました。
 今ではショロポン社の時価総額はなかなかすごいことになっています。
 父上殿には申し訳ないのですが、藪医者なんかやっている場合ではありません。
 私にも創業者としての自覚が芽生えてきました。
 などと、思っていると、コビットの王様から招待されて、今はコビット星と名付けられた惑星に行きました。
 転送電話を使ったので、そこが一体どこなのかということはよく分かりません。
 ひとまず王様の宮殿に案内されました。
「待ちかねたぞ」
「ご無沙汰でしたね。お元気ですか」
「うむ、しかし、例の万能薬の件はなかなか上手くいっていなくてな」
「そうでしたか」
「申し訳ないとは思っているが、この惑星に理想郷を作るべく、我々も忙しかったのだ」
「立派な宮殿ですものね」
「あとで、街を案内させよう。それからこれを」
 王様は私に笑顔のお守りを返してくれました。
「これは? もういいのですか」
「やはりこの石は、あなたにふさわしい。是非持っていて欲しい」
「分かりました」
 私は召使いのコビットさんから、笑顔のお守りを受け取りました。
「そういえば、J君があなたに用があると言っていた。あとで彼の研究室に行ってみるといい」
「Jさんが? 何の用でしょうね」
「わしもよく分からん。本人に直接聞いて欲しい。そろそろ時間なので失礼するよ」
「では、さようなら。王様」
 私はコビットさんたちの作った街を横目で見ながら、車でJさんの所へ案内されました。
 どこもかしこも建設ラッシュでした。
 この勢いは人類にとっては、すでに古典でしか見られないものでした。
 立体交差を車が走り回り、交差点ではコビットさんたちが慌ただしく行き交いました。
 Jさんの研究室はなかなか立派なビルでした。
 また、どんなことを言ってコビットさんたちを利用したのか知りませんが、あの調子の良さを思い出すと、ちょっとむかつきますね。
 受付のコビットさんに恭しく出迎えられ、応接室に通されました。
 まもなく、紅茶が運ばれてきました。
 私の好みも分かっているようです。
 十分ほどで、Jが現れました。
「やっ、久しぶり」
「また、コビットさんたちを利用しましたね」
「人聞きの悪いことを言うなよ、これでも僕は王様から勲章をもらったんだよ」
「御用学者にでもなったつもりですか」
「まあ、そんなに目くじらを立てることじゃないだろう」
「そうですね、私には関係のないことでした」
「それよりも、万能薬の件だけどね」
「上手くいっていないそうですね。王様が言っていました」
「うん、王様にはそのように報告してある。が、実はちょっといい考えが浮かんでね」
「また何か怪しげな方法ではありませんよね」
「それは、分からないが、とにかくこの件には君が必要だったのだ」
「そう言って、何人の人を騙してきたんですか」
「失礼な、僕は紳士だよ」
「どうだか」
「でも、万能薬のためだ、と言ったら、君は僕に従うしかないのでは?」
「時と場合によります」
 Jはスッと立ち上がりました。
 もう、話は終わりなんですかね。
「ここじゃナンだから、研究室の方についてきてくれるかい」
「分かりました。私もここでどんな研究がされているか気になりますし」
 私はJのあとをついていきました。
 研究室では、一人のコビットさんがビーカーを加熱しているところでした。
 それを見せてJは言いました。
「これがなんだか分かるかい」
「さあ、お湯とアルコールですかね」
「そうだ、そして、アルコールの方をアレする」
 アレとかソレじゃあさっぱり分かりません。
 Jはアルコールの入ったビーカーに一滴液体を垂らしました。
「そして、このお湯にアルコールを注ぐと何ができる?」
「何って、ただのお湯割りですよね。ラベンダーの香りのする」
「その通り」
「それで、何をしようと考えているんですか」
「まずは、これを飲んでくれ」
「私を酔わせてどうしようというのですか」
「失礼だが、その気があるなら、こんな回りくどいことはしない」
 それもまた、失礼な言い方な気がしますが、そんなJの態度を何度も見てきたので、すでに呆れているというのが、正直な気持ちです。
 研究員のコビットさんが、私を見ています。
 とりあえず、そのお湯割りを飲むことにしました。
 なんだか、そうでないと話が進まないということを私の経験が告げていました。
 ビーカーを取って、一口、お湯割りを口に含みました。
 ほんのりとラベンダーの香りが鼻に抜けて……いや、違う。
 コレは?
 私の疑問とともに、世界は暗転しました。

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