ノート19 アカウント取得
なにやら荘厳な曲が流れはじめました。
私たちは姫から勲章を受け取りました。
「そなたたちに、礼をしたいと思う。何か希望の品はあるか?」
「なんか、王様のしゃべり方が変わりましたね」
「うむ、どうやら、我々にかけられたドラゴンの呪いが解けたらしい」
「そうですか」
「で、何か欲するものはあるか?」
「私たちがここに来たのは、ドーム都市の情報システムの中枢にアクセスするためでした」
「そうか、では、情報を求めるというのだな」
「はい」
「勇者殿なら大丈夫だと思うが、その情報を何に使うか教えてはもらえないだろうか」
「アルラウネを使った万能薬を作りたいと思っています」
「うむ、よく分かった。勇者殿はそれで民を救いたいと申すのだな」
「その通りでございます」
「では、希望の品をここへ」
それは、ノートぐらいの大きさのモノリスでした。
「これは、ドーム都市のネットワークと接続している。もちろんセキュリティレベルは最高ランクだ。全てにアクセスできるAdministratorのアカウントを授けよう」
「ありがとうございます」
その夜、盛大なパーティーが開かれました。
あるものは歌い、踊り、酒を飲み、そして吐きました。
やっぱり、こういうのはコビット族も人間もあまり変わらないようですね。
翌日、私たちはコビット族の全員に見送られ、村を後にしました。
コビット族の案内で無事に青い空の下へ帰ってくることができました。
ノート20 目標四十ノットで接近中
今、私の自宅には何人かコビットがいます。
若者に外の世界を見せてやりたいからといって、王様が私に託したのです。
弟子は取らないからと丁重に断ったのですが、どのあたりの情報にアクセスすれば薬の作り方が分かるか教えてくれるというので、首肯する以外ありませんでした。
姫を助けたのは、私たちなのに主導権はいつも王様が持っているようでした。
やはり、情報を持てるものの余裕というやつでしょうか。
あれから、ずっとモノリスで情報を検索しているのですが、最初は色々な単語にさらに情報がリンクされているという独特の構造に戸惑いました。
こういうのをハイパーリンクと言うらしいです。
決して情報が全体で体系的にまとめられているわけではなく、個々のネットワークを相互に繋ぎ合った形になっているので、重複や欠落もあり、また文字化けや明らかに自分の知らない言語で記述されているものもあり、ここから、有用な情報を引き出すのはなかなか大変です。
ただ、昔のネットショップのサイトが未だに生きていて、ここから、昔の書籍情報を検索することができます。
もちろん、注文しても届くことはありませんが、書名が分かれば何かの手がかりになるかもしれません。
しばらくそうして、モノリスの情報に没頭していました。
結局、分かったことは人類がこの惑星を席巻していた時代においても万能薬というものは開発されなかったということでした。
健康食品の類はかなり発達していたようで、様々な広告を見ることができました。しかし、万能薬となるとほとんど情報がありません。
私が主に調べている時代からはかなりの断絶がありますが、その昔、錬金術というのが盛んだった頃にはそういう構想もあったらしいです。
ただ、卑金属を貴金属に変えるような考え方は後の化学によって否定されています。
結局、どの時代に於いても万能薬の類は人々の願望を集めた伝説的な存在だったようです。
それを作ろうとしているのですから、やはり多少の無理というものはつきものと言うことでしょう。
Jも万能薬について色々と調べているようです。
時折届く手紙にはその進捗が書かれていましたが、あまり芳しくないようです。
こうして行き詰まってしまうと、もうショロポンぐらいの薬で十分じゃないかという、あきらめの気持ちになります。
本来ならば志を高く持つべきなのでしょうが、それも、報われない努力かという気怠いテンションに陥ってしまいます。
王様が私に託したコビットたちはよく働いてくれました。
風邪薬を作らせても、頭痛薬を作らせても、なかなか優秀でした。
どうしたら、こんな薬が作れるのかと私が教えを請いたいぐらいでした。
しかし、彼らが言うには「大体でー」「目分量ですゆえ」「医者の不養生ですか」といった感じなので、どんな技術で薬を作っているのかということに関しては、不思議なほど無頓着でした。
そんなことをしているうちに、短い秋が過ぎて冬になりました。
私は暖炉の前で居眠りしていました。
「電報でーす」
その声で私は目を覚ましました。
ショールを羽織り直して玄関先に出ました。
そこにはロングコートを着込んだ郵便配達人が立っていました。
「どうも」
私は電報を受け取ると、早速読んでみました。
『ムカエヲヤッタ スグニコイ J』
迎え? よく分かりません。
すぐに来いと言っていますが一体どこへ?
Jのことです、また奇天烈なところに連れて行かれるかもしれませんので一応の旅支度をしました。
しかし、こんな真冬に鉄道も車もちょっと無理でしょう。まさか、ソリでということでしょうか。
白く曇った窓の外には、しんしんと降り続ける雪と、ゆんゆんと飛んでいる車がありました。
車? 飛んでいた車はうちの庭先に着陸しました。
私は全てを悟ったように、荷物を持つと庭へと急ぎました。
「お嬢さん、お迎えに上がりました」
コビットの運転手が言います。
「Jさんのところへ行くんですね」
「はい、お連れするように、仰せつかっております。さあ、お乗りください。お荷物はこちらです」
私は車に乗り込みました。
車はふわりと垂直に上昇すると、そのまま上空を滑るように飛びました。
「ちなみに、この車、どうやって飛んでいるんですか」
コビットの運転手は何かを思い出すように、斜め左上を見ました。
「原子炉とか……」
とか、って言うなとツッコミたくなりましたが。コビット族はみんな大体こんな人たちばかりなので私は諦めました。
「こんなロストテクノロジーよく残っていましたね」
「王様のガレージにはまだまだたくさんありますよ。お嬢さん」
「じゃあ、これは王様からの借り物ですか」
「はい、そうでございます。確か、D?」
「D?」
「DMC-12……とか何とかという車を改造したものらしいです」
「なんか、コレはタイムトラベルとかできそうな雰囲気ですが」
「あ、何か、フラックス・キャパシターとか付いてるらしいです。タイムサーキットで時代を設定すれば簡単らしいです。使ってみますか」
「やめましょう。絶対、やめましょう。冗談でもやめてください」
「そんなにお嫌なんですか」
「嫌な予感がします」
「そうですか、俺は一度幼い頃死に別れた母さんに会いたいです」
「確かに私も母を亡くしていますから、気持ちは分かりますが、ここはグッとこらえてやめておきましょう」
私たちは久しぶりにドーム都市の上空へと帰ってきました。
ドームに併設されている港に小さな人影が見えました。
車はその人に向かって飛んでいきます。
すぐ傍に着陸すると、それがJだとはっきりわかりました。
「やあ、早かったね。いや、むしろ遅いかな? だとしたら賢明だ。君は時を超えて来なかったのだね。君は賢いよ」
「嫌味ですか」
「いや、普通なら興味あるだろう? 過去や未来に行けるなら。あんなこといいな、できたらいいなって」
「私は冒険家ではありませんので」
「そうだったね。今日、君を呼んだのは、重要な事実が分かってね」
「では、早速、教えていただけるのかしら」
「まあ、焦らずに。ここは寒い。ちょっと船に乗りましょう」
「船? どこにもありませんが」
そこには寂れた港に凍り付くような海が広がっているだけでした。
すると、海水面がわずかに盛り上がったかと思うと、金属製の船体が浮上してきました。
「紹介しましょう、これが万能潜水艦『しょうりゅう』です」
無意味です。無意味すぎます。今の時代に潜水艦なんて持っていても無用の長物です。もうこの惑星に戦略的な軍事行動のできる国なんてありません。
「なんで、潜水艦なんですか?」
「それもまた、追々お話しましょう」
私たちは桟橋から潜水艦に乗り込みました。
そこは、決して広くはありませんでしたが、窮屈な思いをするほどではありませんでした。
潜水艦の一室に通されました。
そこで、しばらく待つように言われました。
この船は金属でできているようですが、それにしては暖かみがあるというか、金属独特の冷たい鋭さがありません。
壁に触ってみるとほんのりと手を温める温度でした。
そういえば、確かにこの船の中は寒くありません。
私はコートを脱いで椅子に掛けました。
簡易なベッドとテーブルのあるだけの部屋ですが、船としては十分な設備です。
Jが部屋に戻ってきました。コビットの人と一緒でした。
「こちらのコビットが船長です」
「よろしく、船長さん」
「早速ですが、私から状況を説明させていただきます」
そう言うと船長は壁をタッチしました。
そこには巨大な大陸が映し出されていました。
「この大陸がどこだかご存じですか」
「これって、確か南極ですよね」
「その通りです。聞きしに勝るご聡明な方だ」
「それで、南極がどうかしたんですか」
「実は南極は内部が空洞なのです」
「はあ」
「そしてそこに異星人の遺跡があると言われています」
「それはまた」
私はまたややこしいことになってきたなと思いました。
巨大ドーム都市の次は異星人の遺跡ですか。世の中分からないことだらけです。
「では、早速、出航いたしますので、操舵室をご覧になりますか?」
「一応、行っておいた方が良いのでしょうね。では、お願いします」
私は操舵室に案内されました。
そこではコビットさんたちが船を操縦している様子がありました。
「コビットはいいぞ。よく働くし、潜水艦の中では小さな体が役に立つ」
と、Jが言っています。
「船長、機関正常です」
「了解、しょうりゅう出航。両舷全速。急速潜航」
潜水艦は盛大に海水を押し分けて海中へと潜航して行きました。いや、私には見えませんけどそんな感じがしただけです。
「ところで、何で急速潜航なんですか?」
「その方が景気が良さそうだからじゃない?」
Jが適当なことを言っているのがよく分かりました。
「船長、港の人影は去ったようです」
「了解、ツリム調整後、深度八百メートルを維持。目的地へ向かう」
どうやら、急速潜航の理由は、誰かに見られる危険があったということらしいです。
私には個室が与えられましたが、どうも落ち着きません。
外の様子も分からないし、話し相手もいません。
ただ、思ったよりも揺れないので、船酔いすることはありませんでした。
ふと、思い立って食堂に顔を出してみました。
そこにはJがくつろいでいました。
Jはいつでもどこでも自然体というか、とにかく緊張感があまり感じられない男です。
私がJの向かい側に座ると、Jは一瞥をくれてそのまま目をそらしました。
しばらくすると、料理長のコビットさんが紅茶を持ってきてくれました。
私は熱い紅茶に角砂糖を投入し、それが紅茶の中で角の取れていく様子を眺めていました。
「ところで、この船はどうしたんですか」
「コビットの王様の所有物さ。ちょっと拝借したんだ」
「よく貸してくれましたね」
「あれ以来、何度もコビット村を訪れて良好な関係を維持してきたからね」
「あなたのような人を信用するとは」
「信用を勝ち取るために必要なのは、誠実さじゃないからね」
「それで、どうするつもりなんです?」
「何が?」
「あなたは不老不死になりたいんでしょう」
「それだけが目的じゃないさ」
「じゃあ、他に何が?」
「ここは深海、男のロマンかな」
「バカバカしい」
「女の子にはきっと分からないよ」
「分からなくても結構です」
テーブルの紅茶に目を落とすとうっすらと波紋ができていました。
?
ゴゴゴゴゴゴゴ、ギンッ
「何だ、この音」
「わかりません、故障でしょうか」
「いや、違うな。操舵室へ行ってみよう」
私たちが操舵室に駆け込んだときは、非常事態が起こっているようでした。
「敵の映像、メインモニタに転送します」
そこには流線型に長い足の生えた巨大な生物の姿がありました。
「これは巨大イカだな」
「クラーケンとか言われているやつですか」
「さあ、分からんが、とにかく我々の脅威であることは確かだ」
「目標四十ノットで接近中」
乗組員のコビットさんが叫びます。
「魚雷発射用意」
「了解、魚雷発射用意」
「打て」
巨大イカに向かって魚雷が発射されたようです。これでイカ焼きにでもなってくれれば良いのですが。
「着弾を確認」
「ダメです、勢いが衰えません」
「ぶつかるぞ、全員つかまれ」
――ドムッ
衝突音はほとんどありませんでしたが、衝撃はかなりのものでした。
ギシギシギシ
船体がきしむ音が聞こえます。
「まずいぞ、締め付けられているんだ」
「それにしても、何という力だ。この船はナントカっていう焼結体でできてるんだぞ」
ナントカって何ですか? もう少しまともな解説をお願いしますよ。
「どうする、このままじゃ船ごと潰されてしまう」
乗組員のコビットさんたちに気まずい沈黙が訪れました。
「いっそのこと、釣り上げちゃったらどうですか?」
「釣り上げる? お嬢さん正気で言ってるのかい」
「深海の生物は高い水圧に耐えるようにできているんですよね。だから、釣り上げた深海魚とかって、環境に適応できずに、みんな目が飛び出てだるーんって感じになりませんか」
「それも一理あるか」
「じゃあ、餌はどうする?」
私たちは巨大イカが好みそうな餌を考えました。そして、それを作業用のマニピュレータに取り付けて外に出しました。
しばらくしてアタリがありました。
巨大イカが食いついたのです。
「機関最大、メインタンク排水、急速浮上!」
「それ、一気に釣り上げろ!」
操舵室には緊張が訪れました。
ググッと前部のマニピュレータ側に船体が傾きます。
「奴め、潜ろうとしているな」
「何とか耐えてください」
「神に祈っててくれ」
もう、現代では宗教もプチ崩壊していますけどね。
こうして、なんとか船は浮上することができました。
みんなで恐る恐る外に出てみると、巨大イカが最後の力で船首の方に絡みついていました。
コビット族の皆さんがナイフで絡みついたイカの足をさばきます。
次々に肉厚のイカ刺しができました。
勝利のお祝いに、甲板で食事にしました。
酒の肴はもちろんイカ刺しです。
さすが新鮮、悪くない味でした。
海の幸を堪能したところで、船の被害状況を見ます。
船体にはくっきりと締め付けられた痕ができていました。
「これは、ちょっと修理が必要かもしれないな」
船長がしぶい顔をして言いました。
「さっき、調べたら近くに島があるらしい。修理はそこでしたらいいんじゃないか。ついでに乗組員の休養にもなるし」
Jがお気楽なムードで言いました。
「では、そのようにいたしましょう」
船長は最後まで表情を崩さずに船内へ戻って行きました。
ノート21 島流しと小さな海賊
その島はいわゆる常夏の島というやつでした。
修理を早く終えれば島での休暇が与えられるという船長命令は、乗組員の士気を大いに高めました。
作業は急ピッチで進みます。
私はすることがないので、その辺に生えているバナナをもいで食べたり、昼寝をしたりしていました。
夜になってJが海岸で寝転がっていました。
「やあ、嬢ちゃんか」
「こんなところで、何を黄昏れているんですか」
「この島は少し変わっているなと思ってな」
「変わっているって、何がですか」
「星が動くんだ」
「そりゃあ、天球が動いているんですもの、当然でしょう」
「そうじゃない、普通、動くはずのない星が動くということは、つまりこの島が動いているってことだ」
「島が動くなんて聞いたことがありませんけど」
「巨大な浮島なんじゃないだろうか」
「浮島……」
「僕は明日、島を調べてみるけど、嬢ちゃんはどうする?」
「私は冒険家ではありませんから、おとなしく修理が終わるのを待ちます」
「そうか、じゃあ、ゆっくりおやすみ」
「おやすみなさい」
次の日、私は暇をもてあましていました。
こんなことなら、Jに付いていけばよかったとまで考えました。
島の中心部はこんもりと盛り上がっていて、丘のようになっています。
その丘から見たら何かが分かるかもしれません。
島の森が始まるあたりがざわついています。
私の心もざわついていました。
何かがあるような気がしました。
私は座っていたおしりに付いた砂を払って、島の中心部へ向かいました。
冒険家としてではなく、ただの医療従事者がこんなものに興味を惹かれるなんていうことはおかしなことかもしれませんが、どこかでJの後ろからFreezeと声をかけてやりたいという小さな復讐心が私を動かしたのかもしれません。
島の奥へ進んでいくと、確かに緑が豊かなのですが、時折枯れている木々が見つかります。
それらが、どうやら、この島で自生している種類と違う植物なのではないかと思いました。
下草もあまりないので、割と簡単に丘の麓まで来ました。
そこには、車が一台通れるほどの洞窟がありました。
「はて、この島が浮島だとしたら、地下に続く洞窟というのも変ですね」
私は思っていたことを口に出しました。
ブンッという音とともに、洞窟の中から何かが素早く出てきました。
私の前に立ちはだかったそれは、何というか、つまり、四つ足のロボットでした。
「なっ?」
ロボットの頭部が鋭く光りました。
「危ない!」
私はJに手を引かれて、よろめき、そしてJの胸の中に飛び込みました。
ジュッと私のいたところには焦げ跡ができていました。
「この島は危険だ、早々に撤退した方が良さそうだ」
Jはそう言うと、私の手を引いて駆け足で海岸へと向かいました。
時折、後ろを振り返っても、あのロボットが追いかけてくる様子はありませんでした。
「何なんですか、アレは」
「この島を出たら説明する。それまで待て」
Jはそれだけ言うと、さらに足早に船へと向かいました。
船の修理が終わったら、即出港という情報は、コビット族の皆さんを大変落胆させました。
しかし、この島が危険だという情報は、Jから速やかに船長に報告され、このような次第になったわけです。
船は今、南極を目指して航行中です。
島で休息を取れなかったかわりに、今日一日は潜航せずに航行するようです。
甲板で日光浴をする乗組員の皆さんが見られます。
これだけでも、だいぶガス抜きになるでしょう。
それもこれも船長さんの粋な計らいです。
日焼けは乙女の敵なので私は船内で過ごすことにしました。
Jの部屋に来ました。
「よう、あの時は丸焼きにならないで良かったな」
「微妙に恩を売ってますか?」
「さあ、僕は君の秘密を利用したいだけの怪しい男だからね」
「自分で言いますか」
「あの島、高レベル放射性廃棄物の処分場だったよ」
「そんな、エグイ島だったとは知りませんでした」
「誰が考えたんだろうねぇ。自国の領土の中では反対運動があったんだろうね」
「それで、まさに島流しにしたわけですね」
「たぶん、島の航行システムがイカれたんだろう。それで、あちこちを漂流していたというところだろうね」
「でも、処分場にあんな好戦的なロボットが必要なのですか」
「少なくとも、何にも事情を知らない人間が侵入するのは防いだ方がいいだろうね」
「一体、いつ頃のものなんですか」
「さあね、半減期の長い放射性物質を隔離するところだから、少なくとも数万年単位だろうね」
「じゃあ、数万年は機能するように設計されているということですね」
「それはどうかな、何しろ人間の作る物だからね」
「確かにアテにはなりませんね」
Jと私は苦笑しました。
その後、私とJは操舵室に呼ばれました。
「電文を読み上げます『物資と金目のものを差し出せ、そうすれば命だけは保証しましょう。しかし、従わない場合は撃沈する』」
「穏やかじゃありませんね」
「まさか、敵に襲われると思っていなかったので、索敵を怠っていました。いつの間にか周囲を取り囲まれているようです」
「敵艦の数は?」
「イージス艦が五隻、潜水艦が三隻、いずれも旧国連軍の所属となっています」
「そんな老朽艦がよく浮いていられますね」
「国連が崩壊してから、払い下げの戦艦で海賊になった奴がずいぶんいますからね」
「それで、私たちはどうするんですか」
「もちろん、全面戦争は男のロマンだよね」
「いいえ、本艦の目的は南極探索ですので、できれば戦闘は避けたいと思います」
「えー、いいじゃない。この船の戦闘性能も見たいし」
Jはまた自分が面白い方に転がそうとしています。
「わかりました、では電文を。『貴船の要求は到底受け入れられない』と送ってください」
「了解、電文送ります」
こんなところで、ドンパチやるのはちょっと、私としては想定外でした。今のうちに救命艇のありかを確認しておこう。
そう思ったときでした。
「敵艦、ミサイル発射確認。総数八発」
「対空迎撃防御。マイクロミサイル発射。発射数十六」
なんと、撃ち合いになってしまいました。
私としては困ります。できれば穏便に済ませたいところなのですが。
「進路を南にとって、一点突破する。敵の潜水艦の脇を最大戦速で通過せよ」
「マイクロミサイル、敵ミサイルに命中、残り八発は敵迎撃システムにより相殺されました」
「潜航準備」
「了解、潜航準備」
「前方の敵潜水艦から魚雷発射音」
「進路そのまま、最大戦速を維持」
「魚雷接近中」
「おい、このままだと、魚雷に当たるぞ」
「船長、回避しますか」
「いや、このまま全速で通り抜ける」
「正気か、カミカゼのつもりか。俺はあんたと心中するつもりはないぞ」
「騒いでも、どこにも逃げ場はありませんよ。私はこの船の船長です。信じて下さい」
ヤバイ雰囲気です。
もう、心臓が高鳴って、私の血圧も最高潮のようです。
緊張でクラクラしてきました。
「まもなく、魚雷到達します」
私は思わず隣にいたJにしがみつきました。
Jも少し震えているのが分かりました。
「魚雷到達!」
ガコンドコンという音が聞こえました。
「敵魚雷、本船と接触して通過しました」
「ど、どういうことだ」
「距離が近いときは、敵魚雷の安全装置が外れる前に通過すれば安全です」
「あんた、それが最初から分かって?」
「私はこの船の船長です。乗組員の安全は最優先事項です」
しばらくは後ろから海賊たちが追いかけてきたようですが、この潜水艦、しょうりゅうの速力には追いつきませんでした。
陸の方も、移動には安全が保証されませんが、海の安全というのも失われてしまったということでしょう。
そうすると、あんまりのんびり船旅を楽しむという雰囲気ではなくなりました。
「それにしても、さっきのはすごかったですね。私、すっかり腰が抜けました」
「いえ、私も昔の映画で見たのを真似しただけです」
「映画、ですか」
「ええ、なにぶん私は船長などをやるのは初めてですから。少し勉強しました」
いや、映画の真似をされても……。
ああいうのは、たいてい主人公補正がかかっているものですし。
でも、みんなに損害がなくてよかったです。