ノート14 昔取った免許証
一週間ばかり、考えました。父にも相談しましたが。「行ってきなさい」の一言で終わりでした。
結局、私は荷物を詰め込んだ鞄をいくつか用意して、旅に出ることにしました。
旅の手段として、レンタカーを借りることにしました。
電気自動車とガソリン車を選ぶことができます。
私はもちろんガソリン車を選びました。
道中で故障したときは自分で直さねばなりません。
電気自動車の方がハイテクなのですが、さすがに、電源系統の故障で感電するのは嫌でした。
【町と町を繋ぐ道路は速やかに通り抜けること。できれば全開で駆け抜けるのがよろしい】
現代の教習所の教則本にはそう書いてあります。
人の住んでいないところでは、基本的に安全は確保されていません。
のんびりしていると、強盗に襲われる可能性が高いです。
私はわずかにハンドルを右に切って、すっかり小石混じりに荒れてしまったアスファルトの上を走らせます。
スピードメーターは百四十キロ毎時を指していました。
それは、さながらダートトライアルのようでもあります。
次のキツめの右コーナーに備えて、ブレーキをググッと踏みます。
すると、荷重が前輪に移って、リアタイヤが自然にアウト側に流れ出します。
ヒール・アンド・トウで四速から三速、二速へとシフトダウンします。
私はそのまま、ブレーキングドリフトの要領でコーナーの内側をトレースしていきました。
こうして神経を使う運転を要求されながら、町から町へと移動していきました。
運転免許は学生時代に取りました。学生課に申請すると免許を取るための公休が与えられるのです。
合宿で免許を取りました。しかし、大昔のように最短二週間で免許取得などということはありません。
教習所にはサーキットや整備工場が併設されていて、車の基本的な整備はできなくてはいけませんし、強盗対策のため高速で車を走らせる練習も必要でした。
ですから、最低でも半年はかかります。
この世界では、この世界なりの、運転技術が必要とされているのです。
ノート15 胸に祈りを込めて……
Jから渡さされた、住所はここで合っているようです。
思ったほど長旅ではありませんでしたが。
運転の疲れで少し休みたい気分でした。
Jの研究室というのは、どうやらこの時代で言うところの文化住宅でした。
メゾン一番館。
つまり、アパートです。
しかし、外から観察するところによると、LDK+αの広さはありそうでした。
ドアを、ノックしてみます。
反応がありません。
しつこくノックし続けましたが、私の手が痛くなってしまいました。
どうやら、不在のようです。
郵便受けに大量の郵便物が突っ込まれていることからも、長いことここにはいなかったことを示していました。
仕方ないので、場末のドライブインで食事をしました。
この日は、そのまま車中泊となりました。
次の日も、また次の日も、不在でした。
四日目、アパートに異状なし。不在なのが普通に感じられるようになってしまいました。
五日目、私は車の中で膝を抱えていました。
私の湿気でガラスは全面真っ白に曇っていました。
髪を手櫛で梳いてみます。
油っぽい嫌な引っかかり方をします。
女の子の髪の毛じゃないみたいです。
こうなると、私の考えることは一つでした。
しかし、それをするためのお金はもうありません。
それに、いつ戻ってくるともしれない人を待つには節約が必要でした。
私は財布を確認しました。
諦めて帰路につかねばならないデッドラインまであと少し。
ふと、Jに渡された、お守りを思い出しました。
お守りを開けるのは神様の罰があたると言われていますが、こういうときのお守りの中には、なにか状況を打破する、気の利いたアイテムが入っているものです。
昔の映画で、そんなものを見たような気がします。
私はお守りの口を開けました。
その中には金属板が入っていました。
「ふっ、胸のお守りの金属板が銃弾から俺の命を救ったんだぜ?」
私の中ではいたく悲しい、古典的な台詞が口をついて出ました。
もう、私の我慢も末期的なのかもしれません。
その金属板は、裏返してよく見ると「メゾン一番館」と刻印されていました。
なんと、それはアパートのカードキーでした。
ノート16 趣味の悪い副業
そっと、ドアを開けるとそこは、男のひとり暮らしという感じでした。
汚れたキッチンと、その辺の空いているところには、雑誌や菓子袋の類が散らかっていました。
ひとまず、物色します。
何日も待たされたのですから、このぐらい許されるでしょう。
最初の部屋は書斎のようでした、天井まで届く背の高い本棚に、木製の机と椅子がありました。
本棚の本はジャンルも種類もてんでバラバラ、出鱈目でした。
何の参考にもなりませんね。
二番目の部屋には鍵がかかっていました。どうやら、ここが謎の本丸のようです。しかし、Jが帰ってこないとこの部屋の謎は解けないと思いました。
Jの性格を考えると、入れないということが秘密を持っているとは、安直に期待しない方がいいのかもしれません。
私はJの研究室と呼ばれるこの部屋を一通り調べたところで、至福の時間を得ました。
お風呂です。
やはり乙女にはお風呂は必需品。
最低限度の文化的生活です。
Jは次の日の昼過ぎに現れました。
「あれ? 全然片付いてないじゃない」
「独り言なら一人の時に言ってくださいね」
「君はこういう、散らかった部屋が許せない方だと思ったんだけどね」
「好きな人の部屋ならともかくとして、付き合ってもいない人の部屋を勝手に片付けるほど無粋ではありませんよ」
「しかし、自分の体のメンテナンスはした、と」
「何のことですか」
「君の体から、うちのボディーソープとシャンプーのにおいがする」
やっぱり、体を洗っておいて正解だったようです。
あの、非道い状態のにおいを嗅がれるのはたまらなく嫌なことでした。
もしも、あの体のにおいを嗅がれていたら、私のHP(恥じらいポイント)は大ダメージを受けていたことでしょう。
「まあ、いいさ。やっぱり、気になっているんだろう?」
「……」
「じゃあ、行こうか」
Jはそう言うと、開かずの扉の鍵を開けました。
そこには見たこともない機材がごっちゃりと置いてありました。
しかも、その部屋は外から観察したときには分からなかった広さがありました。一体、この建物の間取りはどうなっているのでしょう。謎です。
Jは私の半歩先を歩き、奥へと進んでいきます。
何か、大型の冷蔵庫のようなものから、薬を取り出しました。
「君のマネをして作ってみた。これが何か分かるだろう?」
あっ、これは? ショロポンでは?
「どうやってコレを?」
「僕もショロポンを手に入れてね。それで、色々調べさせてもらったよ」
「でも、コレは」
「そうだね、並の製薬プラントで作ることは難しいだろうね。君の許嫁というのは、なかなかの人物のようだ」
「そこまで、分かっていますか」
「ああ、ただ、これは万能薬ではない」
「分かっています。これを使っても助けられなかった命がありました」
「気に病むことはない、悪いのは君じゃない」
「そう言うと、余計に自分を責めると分かって言っていますね」
「どうだい、僕と一緒に真理を追究しないか?」
「そのかわりの、代償は要求しないのですか」
「そう、もちろん、君の秘密と交換だ」
「かまいませんが、新しい麻薬の密造ならお手伝いできませんよ」
「そちらは、僕の副業なので、お手伝いはいらないよ」
「悪趣味ですね」
「思った通りの堅物だね、君は」
ノート17 古の都市へ潜入
”***** bay dome”と書かれた腐った青看板が頭上を過ぎていきます。ここからは人類が隆盛を極めた当時のドーム都市の入り口です。
今でも住人がいるという、都市伝説まであります。
普通に考えて、さすがにそれはないでしょう。
昔の人が、どこまで引きこもり気質だったのか知りませんが、ずっと外に出ずに暮らすなんて、窮屈すぎて私には無理です。
Jの運転する車は、ドーム都市の外郭部へと進んで行きました。
ここには、失われし人類の全てがあるのだそうです。
それが、何なのかということは誰も知りません。
だから、このドーム潜りが目的を達成できない可能性もあるのです。
しかし、やっぱり、謎の本丸といったらここぐらいしか思い当たりません。
なんだか、色々な事情をすっとばしている気がしますが、その姿を見るからに、ラストダンジョンにはふさわしい風格です。
「クソッ」
Jは早速ゲートを開けるのに手間取っていました。
その昔の人類はみんな手のひらサイズのモノリスのようなものを持っていたらしいです。
それを機械にかざすと、アラ不思議。
その人のセキュリティレベルや預金額によって、ドアが開いたりモノが買えたりしたらしいです。
Jはついに偽造モノリスに端末を繋いでなにやら操作しています。
しばらく眺めていましたが、このままではここで一泊ということになりかねません。
私は一発おみまいすることにしました。
「ちょっとどいてくれます?」
「えっ?」
――ガッ
私のえぐりこむような回し蹴りが機械にめり込みました。
ピッという音がしました。
『ニメイサマ ゴアンナイー』
機械の自動音声とともにゲートが開きました。
「さあ、行きましょう」
「おまえ、やっぱり男に恵まれないよ」
「余計なお世話です」
車はドームの中へ入っていきます。
この中の道路は年月の経過を忘れさせるぐらいきちんと整備されていました。
きっと、何らかのメンテナンス装置が働いているのかもしれません。
「あ、あそこに駐車場みたいなものがありますよ」
「駐車場? ここに車を駐めて奥に進む手段があるのか?」
「とりあえず、車を駐めて調べてみませんか。この先は行き止まりのようですし」
そうだなと言ってJは車をPと書かれている枠内に駐めました。
「建物の中なのに屋根付き駐車場って変じゃないか? しかも壁もついてるし」
「うーん、何ですかね。とりあえずそこの情報端末で調べてみてはどうですか?」
Jは情報端末にモノリスをかざしました。
『ご乗車ありがとうございます。この列車はKO-0721行きです。ドアが閉まります。ご注意ください』
どこからともなく女性の声のアナウンスが流れて、さっきここへ入ってきた入り口がなくなりました。
そう、なくなりました。ドアが閉まりますと言っていましたが、正確には入り口はただの壁になりました。
数秒にしてここが閉鎖された空間になります。
わずかに体がぐらつく感じがします。
「あの、どうなってますか」
「どうやらこれは駐車場ではないようだな」
「では、何ですか」
「自動車用の列車のようだ。ドームのもっと深部へ向かうらしい」
「止める方法は?」
「緊急停止装置を使うかい?」
「できれば、穏便に済ませたいのでやめておきましょう」
「ああ、その気持ちは僕もよく分かるよ」
こうして私たちはドナドナされていきました。
私たちにとってそれが都合の良いことなのか、それとも危険への旅立ちなのか分かりかねます。
「車の中で待ちませんか? ドアが開いたときにすぐにでられるように」
「ああ、そうするか」
私はJの昔話を聞きました。それはちょっと切ないお話でした。しんみりしました。
『ツギハ KO-0721 オデグチハヒダリガワデス』
ヘリウム声のチープなアナウンスが聞こえました。でも、何となくこっちの方が雰囲気が出ているのは気のせいでしょうか。
列車の外にでると、そこは昔の商業施設のようでした。
ショーウィンドウを飾るのは、きらびやかな服飾品の類でした。コスメのようなモノもあります。
より一層、際だったのは、一面ウエディングドレスだらけの一角でした。
何となく、一度は着てみたいという錆び付いた女の欲望を呼び覚まします。
でも、今は我慢しましょう。
先に進むと、住宅街に入ったようです。
ただ、ちょっと、建物の入り口などが少し小さい気がします。
何でしょうか、この不思議な感覚は。
思案していると急に車が止まりました。
「どうかしたんですか」
Jは無言で前を見ています。
そこには、なんと言ったらいいか、人なんですけど、やけにこじんまりとした感じの人たちがいました。
これは、小人さんというものなのかもしれません。
盛んに手のひらを前に突きだしています。
止まってくれという意味なのかもしれません。
すると、小人さんたちの頭上にボール状の飛行物体が現れました。
小人さんたちが騒然として、何か必死に訴えています。
「おい、これを持て」
「何ですか、モノリスですか?」
未確認飛行物体がピカッと光りました。
「ヤバイ! 飛び降りろ」
その言葉があまりに真剣だったため、私は訳も分からず、脊髄反射で車から飛び降りました。
ヒュンという音が耳をかすめました。
地面に突っ伏した状態から起き上がり、車の方をみると、車の前部が蒸発していました。切断面がまだ赤熱していました。
小人さんたちは、こうなることが分かっていて、私たちを止めたような気がしました。
『再スキャンを開始します』
私たちを攻撃したボールが告げました。
じっとりと発汗するのが分かりました。
しかし、偽造モノリスのおかげで難を逃れたようです。
たぶん、車がやられたのは登録車両ではなかったからでしょう。
そうして、小人さんたちに連れられて、やってきたのがこの宮殿です。
そこには王様がいました。
自己紹介はありませんでしたが、玉座に座っているのですから、やっぱり王様か、それともやんごとなき人であるのは確かです。
「おお、おめえが勇者だっぺか」
「いいえ、違います」
「でも、やべぇ時には、勇者が現れることになってっからよぉ」
「御意です。僕たちが問題を解決して差し上げましょう」
ちょっと、Jさん。私はJの発言に驚きました。
「うむ、よきにはからえっぺやいぇ」
「ところで、ここはどこなんですか?」
「決まってっぺやいぇー」
「決まってると申しますと?」
「ここは東京コビット村だっぺや」
私は貧血に罹ったように、よろめきました。
古代の超科学文明の本丸に乗り込んだつもりが、とんだファンタジー世界へ迷い込んでしまったようです。
しかも、ちょっぴりゲーム的な感じでもあります。
「ちょっと、すみませんが、あなた方は一体何者なんですか」
「あんだがんよぉ、東京コビット村だっていってっぺや」
「ですから、そのコビットというのが分からないのですが」
「コビットというのは誇り高き戦士だっぺや」
「はあ」
「おい、こら、王様に失礼だぞ」
「しかし、Jさん、これは私たちが触れてはならない禁断の地なのかもしれませんよ」
「ところで、王様。お礼が欲しいと言ってはナンですが」
「おう、何でも好きな物でいいっぺ」
「ほら、君も、王様がここまで仰っているし」
「……」
はあ、まあ、いいですけどね。
それでアルラウネの薬が作れれば。
目標達成ですから。
「ところで、王様。お困りのご様子ですが」
「おお、実は姫がドラゴンにさらわれたっぺよ」
「なるほど、それで、我々がドラゴン討伐に行けば良いのですね」
「姫を取り戻してくれっか?」
「ええ、それはもう。確実にやってみせます」
「じゃあ、支度金を持って行けや」
お付きの人が目の前に現れて、のし袋を渡してくれました。
「あの、これは?」
「中に一万¥¥(ダブエン)はいってっから、使って旅支度するっペ」
「はあ」
「ありがたき幸せ。必ずやドラゴンを倒してみせましょう」
「それから、この村を案内してやるから、安心するといいっぺよ」
こうして、私たちは召使いさんに村の案内をしてもらいました。
武器屋、防具屋、道具屋、酒場などでした。
「あの、ここは?」
「そこは、我々の命の源であります」
「見せてもらってもいいですか」
「いいけど、あんまり驚かないで欲しいところです」
そう言って、その一室に通されました。
そこにはカプセルが整然と並んでいました。
そして、中をよく見ると、そこには胎児が液体の中に浮かんでいました。
「これが、未来の戦士たちであります」
「人工的に産まれるっていうことですか」
「我々、コビット族の受精から誕生までは一年かかるであります」
「一年。長いですね」
「ほら、人間さんの胎児よりも大きいでしょ? これは人工子宮を使うから可能なことなのであります」
色々、難しい話が続きましたが、人類が長い時間をかけて、この局地的戦闘に適したように自分たちを作り替えた結果がこのコビット族ということのようです。
ここにいるコビット族は新しい人類と言ってもいいでしょう。
こうして、私たちはコビット族の願いを叶えるべく、装備を整えてドームの探索、というかもはやこれはダンジョンの探索ですが、とにかく出かけていきました。
マッピングシステムというのを渡されました。
コレはすでに通った道を記録してくれる地図の一種です。
コビットさんたちが通った道はすでに記録されています。
当面は探索されていないエリアを潰していくというのが王道のような気がします。
それにしても、装備が重くて萎えます。
私はブロンズソードと皮の盾、Jは木の杖を装備しています。
武器屋と防具屋で話合ったところこういう結果になってしまいました。
コビットの作戦によると、私が前線で戦い、Jが後方支援をするのが良いということでした。
さながら女戦士といったところでしょうか。
私は武闘派ではないのですが、他の人からみたらそう見えるのかもしれません。
乙女心に軽いショックを覚えながらも、ダンジョンを探索します。
マッピングシステムに赤い点が現れました。
こちらに近づいて来ています。
ダンジョンの奥の方から何か重量物が移動する音が聞こえます。
その姿が現れました。
間違いありません。確かにドラゴンです。
ドラゴンはすかさず炎を吐きました。
前方から熱風の嵐が吹きすさびます。
皮の盾で防御しましたが、回り込んだ熱風が私の体を焼きます。
ちょっと、無理かも。
撤退?
そんな考えがよぎりました。
Jを見るとなにやらぶつぶつ言っています。
どうやら魔法の詠唱中のようです。私に向かってアイコンタクトしてきました。
時間を稼げということなのだと思いました。
私はブロンズソードを両手持ちして、グッと力を込めました。
その瞬間、ドラゴンは翼を使って一気に間合いを詰めてきました。
「クッ」
目の前のドラゴンはまさに巨大な敵でした。硬い鱗に鋭い爪。攻守ともに完璧に見えました。
やあっと踏み込んだ瞬間に、二度目のブレス攻撃を至近距離で受けました。
私たちは一瞬にして蒸発してしまいました。
ノート18 正しいアイテムの使い方
気がつくとそこはコビット族の玉座の間でした。
「おお、勇者よ、死んでしまうのは、情けなくないっぺか」
「私たち死んだんですか」
「そりゃあ、見事な死にっぷりだったっぺ。所持金も半分に減ってるだろ」
「言われてみれば確かに。そういえばJさんは?」
「ほれ、そこに骨があるっぺや」
傍らを見ると人間の骨が一揃い転がっていました。
ひぃーーーーーーーー。
「心配することはねえっぺ。復活の祭壇を使うんだ」
「復活の祭壇?」
召使いさんに復活の祭壇へ案内してもらいました。
そこには横置きのカプセルがありました。
上部の蓋が開いています。
そこへ、Jさんの骨が納められました。
「納骨完了であります。ではスイッチオン」
すると、カプセルの中でぐにぐにと、肉片がわき始めました。
それはまるで人体解剖を逆回しで見ているようでした。
「うぅっぷ」
気分が悪くなりました。
学校でもAnatomyの授業は苦手でした。でも、必修なのでやらねばならなくて辛かったです。
チンッという音がしてJさんの肉無しの骨が、骨付き肉になりました。
カプセルが開いて、Jさんが身を起こしました。
「どうやら、僕は死んでたらしいな」
「ええ、それは見事に」
この時、私は負け戦のにおいを感じて嫌な気分でした。
「どうやら、勇者殿とドラゴンのレベル差がありすぎるようでありますね」
「そのようですね」
「どうでしょう、王様からアイテムを進呈してはという話がありますが」
「それはどんな?」
「笑顔のお守りです」
ずーん、と私の体が重くなりました。
脱力したのか力が入ったのか分かりませんが、とにかくこのハマリまくりな状態を脱したいと思いました。
「わかりました、アイテムをありがたくいただきます。どんな時に使えばいいですか?」
「はい、困ったときに使ってください」
「それなら、今すぐ使いたいですね」
「申し訳ございませんが、戦闘中しか使えません」
「ああ、そういう設定で」
私もだんだんこの世界観に慣れてきました。って、慣れてどうするんだろう。
「では、早速、旅の再開をしていただきたく」
「おいおい、僕はさっきまで死んでたんだぞ」
「申し訳ございません。規則ですので」
嫌な規則です。
こうして旅人を無限のゲームオーバー地獄に陥れるのがコビット族のやり方なのかもしれません。
こうして、私たちは再びダンジョン探索に駆り出されました。
まもなくして、禍々しい赤い点がマッピングシステムに映し出されます。
だいぶ早く炎を吐いたようで、奥から熱風が押し寄せて来ます。
もう、まともに戦っても勝ち目がないので、最初からアイテムに頼ることにしましょう。
私は笑顔のお守りを掲げました。
――我に力を!
シュポンという音がして、コビットが一人現れました。
空中に現れたウインドウにはアイテムの残りの使用回数が表示されていますが、∞のマークが付いています。
直感的に何となく使い方が分かりました。
私は、頭の中のアイテム使用トリガーを連射して、コビットさんを召喚しまくりました。
どうやら、一秒間に十六人召喚するのが限界のようです。
それでも、あっという間にコビット族の大群ができていました。
ドラゴンの最初のブレス攻撃で前衛の損害が二百ほど出ましたが、物量に勝るものはなく、コビットはどんどんドラゴンにとりついていきます。コビット族はなかなかに素早いです。
そして、一枚ずつ鱗を剥がしていきます。
柔らかいところが露わになったところで、コビットさんの標準装備のダガーナイフがドラゴンの肉を削ぎます。
しばらく見守っているとドラゴンはあっという間に骨になりました。
そして、奇妙なファンファーレが鳴り響き、私たちのレベルアップラッシュがありました。
大量に召喚したコビットも戦闘が終わると、幻のように消えていきました。
私はこの攻撃を神風コビットアタックと名付けました。
それにしても、非道いゲームバランスです。
ドラゴンが守っていた通路の奥に扉がありました。
ここだけは電子ロック式ではなく、木製の立派な扉でした。
姫はこの奥に違いありません。
扉をギィと開けて中へ入りました。
豪奢な内装は荘厳な空気を醸し出していました。
天蓋付きのベッドに人が横たわっているのを見つけました。
しかし、それはすでにミイラ化していました。
他に人影はなく、ミイラの着ている衣装から、おそらく王族であろうということは想像がつきました。
「コビットの奴ら、一体何年戦っていたんだろうな」
「分かりません。でも、この姫はコビットではありませんね」
「おそらく、コビットがコビットになってしまう前の深窓のご令嬢だったに違いない」
「そうですね」
私は姫に毛布を掛けてあげました。
ずっとここで助けを待っていたのでしょう。ミイラ化して表情こそ分かりませんが、どうか安らかに眠って欲しいと思いました。
この顛末を王様に報告しました。王様は悲しんでいましたが、すでに亡骸であっても姫を取り戻すことができて良かったと言っていました。
思った通り、姫の亡骸は復活の祭壇に持ち込まれました。
こうして、姫は復活したのでした。